「なぜ、研究はおもしろいのか」!? 私たちの本能に隠されていた答えが、シンプルすぎて超スッキリする件

2019.07.23

「有機光機能材料化学」。応用化学課程の内田欣吾先生の専門分野です。なにやら少し難しそうで、名前だけでは何の研究なのかよく分からない、という人も多いのではないでしょうか。すると聞きたくなるのが「その研究は、社会のどんなところに応用されているの?」という疑問。実用化された例を聞くのが1番分かりやすいし、手っ取り早いですものね。

しかし、内田先生はこう言います。「ちょっとストップ! 騙されたと思ってその発想をあえてやめ、少し違う視点で見てみませんか? 『研究』に対する世界観がガラリと変わりますよ!」。いったいどういうことでしょうか。どうやらそこに「なぜ、研究はおもしろいのか」という本質的な問いに対する答えが隠されているようです。

今回のなかのヒト

内田 欣吾

内田

内田 欣吾教授

応用化学課程

そもそもスタートの発想が違う。
「ニーズ志向」と「シーズ志向」

インタビュアー

先生、「有機光機能材料化学」とは、そもそもどのような研究なのでしょうか?

内田

光に応答する分子システム、すなわちフォトクロミック分子の研究です。有機合成化学を用いて、光機能材料の開発を行っています。生体組織の構造を調べて光応答機能へと応用することが中心ですね。

インタビュアー

(ヤ、ヤバイ、まったく分からない……)。あっ、あっ、ではその研究は、実社会のどんな場面に応用されているのでしょう? ぐ、具体例で分かりやすく……

内田

ははは、焦らせて申し訳ない。冗談ですよ。いきなりこんな専門用語を並べられては、ちんぷんかんぷんですよね。それに、社会での実用化例について聞きたくなる気持ちもよく分かります。でも、ちょっと待ってください。研究内容、あるいはそのおもしろさについて知りたいとき、まずはその気持ちをグッとこらえて、ちょっと違う切り口で考えてみるといいですよ。

インタビュアー

えっ? どういうことでしょう?

内田

私たちが取り組んでいる研究にも、もちろん社会での実用化例はあります。でも、そこから入るんじゃなくて、もっと本質的な「なぜ研究するのか」という面に意識を向けてみてほしいんです。 研究における「ニーズ志向」「シーズ志向」ってご存じですか? 「ニーズ(Needs)志向」とは、何らかの必要性や求めに応じて研究すること。例えば「こんな商品を作りたいから、それに必要な技術を研究する」という発想ですね。ゴールや成果物、需要ありきの研究とでも言いましょうか。

インタビュアー

あっ、ということは、いま私がお尋ねした「その研究が社会でどう実用化されているのか」という視点から入るのは……

内田

そう、「ニーズ志向」です。対して「シーズ(Seeds)志向」とは、その逆。先に研究があって、その研究成果を次の研究や実用化にどう応用していくかという発想です。Seeds、すなわち種をまいているんですね。ニーズ志向が需要本位だとすれば、シーズ志向は供給本位の研究。少し違う言い方をすれば、一人の研究者として「これを研究したい!」という純粋な欲求や情熱からスタートする考えなんです。この「ニーズ」「シーズ」という考え方は、ビジネスやマーケティングの世界にも存在する概念ですよ。例えば今あなたが手にしている、その世界的スマホを創った彼がいい例です。

インタビュアー

スティーブ・ジョブズのことですか?

内田

ええ。彼の開発思想はまさに「シーズ志向」と言えるでしょう。市場の求めに応じて商品開発するのではなく、自分が「こんなものを世界に生み出したい!」という、ある意味で極めて個人的な欲求やロマンに基づいて開発されましたよね。需要に応じるのではなく、自ら需要を創造しているのです。私は、研究者にも、もっとジョブズのようなワガママなロマンがあっていいと思います。その情熱こそ、研究に対する最大のモチベーションになるはずですから。

前人未踏の、未知の分野にこそ研究の醍醐味が!

インタビュアー

うう、なんだか急に恥ずかしくなってきました。目先の「何の役に立つんですか?」なんて質問は、とても浅はかでした……

内田

いやいや、そういうことではないんです。ニーズ志向がダメなわけではなくて、シーズ志向という考え方もあるよ、ということですから。どちらが正しいとか間違っているとか、良いとか悪いとかの問題ではありません。でも、もし若いあなたたちがこれから研究の道を志すなら、シーズ志向の情熱を忘れずに、「自分が何を研究したいのか」という根源的な欲求や自主性は大切にしてほしいです。

インタビュアー

勉強も似ているかもしれませんね。やらされるんじゃなくて、自分の意思で取り組むことに価値がある、みたいな。

内田

そうですね。研究の世界でも、主体性を持って純粋に「自分が知りたいから」という気持ちで、未知の領域に飛び込んでいった者が評価されます。例えば論文でも、「これはオリジナリティのある研究だね!」といった具合に。二番煎じではなく、誰も手を付けていない世界の謎を解き明かしていく……そこに研究の醍醐味があると信じています。

ハスの葉が水をはじく仕組みを、
この手で再現してみたい!

インタビュアー

おおおっ! アツい! アツいですよ先生!! では改めて、先生がご専門とされる「有機光機能材料化学」について教えてください。

内田

先ほどは難しい言い方をしてしまいましたが、かみ砕いて言うと「光を当てることで、性質が変化したり元に戻ったりする物質」の研究なんです。光によって色が変わる物質のことを「フォトクロミック化合物」と呼びますが、近年は色だけでなく形も変えられるところまで研究が進んできました。それを応用しているんです。具体的な研究の一例で示すと、「ハスの葉が水をはじく性質を、化学的に再現する」といったものですね。実はこれ、世界初の研究成果なんですよ。

インタビュアー

へええ! すごいですね! でも、どうしてハスの葉は水をはじくんですか?

内田

!!!!!

インタビュアー

あ、あれ? 先生、どうなさいました?

内田

……そこ! そこなんですよ! いまあなたは「どうしてハスの葉は水をはじくのか」という疑問を抱きましたよね? その純粋な「どうして?」「知りたい」という気持ちこそ、すべての研究の原点なんです!

インタビュアー

あっ、い、言われてみれば……。「それがどう役立つの?」とかじゃなく、単純にその仕組みが知りたいって思いました!

内田

とてもいい気付きですね! それがシーズ志向です。私たちはそうやって、まず原点となる疑問を抱きます。そして、その謎を解明したいと思うようになります。謎が解明できれば、今度はそれを人の手で再現する方法を模索するんです。

インタビュアー

そうかあああ! では実際、具体的にハスのどんな性質が水をはじいていたんですか? それをどうやって再現されたんですか!?

内田

ハスの葉の表面は、実は非常に細かい凹凸で覆われています。「ダブルラフネス構造」といって、これが水をはじき返す「バウンシング現象」を生み出しているのです。これをヒントに、フォトクロミック化合物の応用で物質表面にダブルラフネス構造を再現し、人為的にバウンシングを起こすことに成功しました。光(紫外光)を当てると凹凸が出て、また別の光(可視光)を当てると凹凸が消えるという仕組みです。

インタビュアー

そんなことができるんですね! まるでSF映画みたいです。どんなものにも姿を変えることができる特殊能力を持つキャラクター、みたいな。

内田

おっ、いいですね。その「SFのキャラみたいなものが作れそう」という発想も、まさにシーズ志向の産物なんですよ。その研究から実現できそうな、未知の可能性を見出しているわけですから。あえて具体的な実用化の話をするならば、この超撥水性と凹凸が元に戻るリバーシブル性を利用して商品開発をしたいという、産業界からの要望も多数寄せられているんですよ。

内田

フォトクロミック化合物の「色が変わる」という性質のほうはすでに実用化されていて、塗ってしばらくすると色が消える接着剤が開発されていますね。他にも、新しい抗がん剤開発にも転用・研究が進められています。

インタビュアー

それは夢がふくらみますね! ぜひ他の研究事例も教えてください。

内田

そうですね、ホウセンカってあるじゃないですか? 実にさわると、はじけて中の種を周囲に飛び散らせるあのユニークな植物です。あれも不思議でしょう? なぜ種を飛び散らせることができるのか。

インタビュアー

たしかに! あれはどういう仕組みなんですか?

内田

ホウセンカは、実が熟すとスジが収縮します。そこに刺激を与えるとスジが裂けて、その反動で種が飛び散るという性質なんです。私たちはこれを模倣し、光の照射で結晶がバラバラに砕ける「フォトサリエント」という現象を用いて再現することにも成功しました。「光」を道具として用い自然界の謎に迫るって、本当に神秘的ですよ。自然からものづくりを学ぶというか。

ただ種をまき、水をやり続ける。
花を見届けられなくても

インタビュアー

他にも、自然界からの応用事例ってあるんですか?

内田

たくさんありますよ。例えば、蛾の目って光を反射しないんです。この仕組みは「モスアイ効果」といって携帯電話画面の反射防止に用いられています。また、セミの羽には極小の突起があるんですが、それが抗菌作用を持つことも分かりました。クジャクの羽が持つ光沢の仕組みを次世代インクに応用する研究も進んでいます。でもその原点は、やはり「なぜ?」なんです。

インタビュアー

こうした研究分野のおもしろさって、どんなところにありますか?

内田

私たちの研究は、「フォトクロミック化合物を、ハスの葉やホウセンカの性質と組み合わせた」ということなんですが、この「組み合わせる」楽しさがそうだと言えるかもしれません。物質の開発という意味では化学ですが、水をはじく仕組みは物理学の研究分野です。ハスの葉の研究は植物学ですよね。いろんな学問や研究分野を組み合わせられる、それが応用化学の奥深さだと思います。個人的にも、「この分野だけ」っていう研究はあんまり好きじゃないんですよ(笑)。

インタビュアー

うーん、勉強になります! それにしても、先生のその情熱や研究意欲はどこから来ているのでしょう。それこそ、先生の「シーズ」です。ぜひ教えてください。

内田

自然界の仕組み、もっと言えば「摂理」「神秘」を解き明かすダイナミズムだと思います。なぜハスは水をはじくのか。ホウセンカの種は飛び散るのか。意味もなくそうなっているわけがありません。この世の森羅万象、すべてのことには必ず「理由」があるはずなんです。私は、ただそれを知りたい。そう、「なぜなのか」を知りたいだけなんです。

内田

「知りたい」という脳の動きは、人間が持つ最も原始的な本能のひとつだといわれますが、だから研究はおもしろい。それが私の「シーズ」かもしれませんね。

インタビュアー

「ただ知りたいから」……なんだか、とてもスッキリ腹落ちするステキな言葉ですね。では今後、研究者への道や先端理工学部への入学を考えている若者たちに、メッセージをお願いします。

内田

「シーズ志向」で考えるなら、研究者のやるべきは、ただ種をまき、水をやること。例えば私たちの短い人生の間では、研究が実用化された社会、すなわちその種が咲かせる大輪の花を見ることはできないかもしれません。しかし、研究とはそういうものなのです。小さな謎を解き明かして積み重ね、未来への遺産とするのです。私たち研究者とは、未来の可能性を示す「水先案内人」だと思います。そこに喜びを見出せる若者と、ぜひ一緒に学びたいですね。

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